そのヘリは、誰が操縦しているのか──消防防災ヘリ「運航形態」の知られざる話
ニュースで、山岳遭難の現場から要救助者を吊り上げるヘリコプターの映像を目にすることがあります。機体には「○○県消防防災航空隊」の文字。あれを見て、多くの方はこう思うのではないでしょうか。
「あのヘリ、消防士さんが操縦しているんだな」と。
ところが、実はそうとは限りません。同じ「県の防災ヘリ」でも、操縦桿を握っている人の“身分”は、県によってまったく違うのです。今回は、ふだんあまり語られることのない運航形態という制度の話を、できるだけかみ砕いて紹介します。
まずは「誰が運航しているか」──運航主体の二つの型 #
消防防災ヘリは、大きく二つの主体によって運航されています。
ひとつは消防機関。東京消防庁や、政令指定都市の消防局(横浜・名古屋・大阪など)が、自分たちの組織として航空隊を持っているパターンです。
もうひとつが都道府県。消防組織法第30条第3項にもとづいて、県が航空隊を設置・運航するパターンです。地方の「○○県消防防災航空隊」の多くがこちらにあたります。
この主体の違いが、次に説明する「運航形態」の傾向にもつながってきます。
本題──「運航形態」という三つの仕組み #
ここからが本題です。操縦士・整備士・運航管理要員といった航空のプロを、誰が雇っているのか。これによって運航形態は三つに分かれます。
| 運航形態 | 操縦士・整備士・運航管理要員の身分 | イメージ |
|---|---|---|
| 自主運航 | すべて運航団体(県・消防)の職員 | 県や市が、パイロットも整備士も直接雇用している |
| 委託運航 | すべて運航受託企業(民間航空会社)の従業員 | 飛ばす仕事をまるごと民間会社に委託している |
| 混合運航 | 団体職員と受託企業の従業員が混在 | 一部は直接雇用、一部は民間社員という折衷型 |
つまり、委託運航の防災ヘリを操縦しているのは、消防士ではなく民間航空会社の社員です。整備士も同じく民間の社員。一方、救助活動そのものを担う隊員は消防本部から派遣された人たちで、身分は県職員。同じ機体の中に、所属の異なるプロが乗り合わせている──そんな構造になっているわけです。
自主運航なら、操縦士もまた組織の一員。東京消防庁のように規模の大きな消防機関では、消防職員自身がパイロットや整備士として航空隊を構成しています。
数字で見ると、傾向がはっきり見える #
全国の内訳を見ると、主体ごとの色がよく出ています(2019年時点の集計値。機体更新などで現在の数値は変動します)。
- 自主運航:おおむね19団体・37機
- 委託運航:おおむね34団体・35機
- 混合運航:わずか2団体・3機
委託運航が団体数で最も多く、これが地方の県防災ヘリの“標準形”だとわかります。背景には、操縦士や整備士を県が直接何人も抱え続けるのは人事・コストの両面で負担が大きい、という事情があります。一方、自主運航は政令市消防など人員規模の大きい組織に集中しています。混合運航はごく少数派で、いわば例外的な選択といえます。
「1人で飛ぶか、2人で飛ぶか」──いまは「原則2人」に #
運航形態と並んで重要なのが操縦体制です。かつては全国で割れていました。少し前(2019年時点)の数値を見ると──
- 2人操縦:おおむね23団体・43機
- 1人操縦:おおむね32団体・32機
と、1人操縦の隊も決して少なくありませんでした。コストや人員の制約があったためです。
警察・海上保安庁・自衛隊のヘリコプターは、原則として2人操縦体制です。飛行中、機長が見落としかけた異常を、もう一人が指摘して修正する。こうしたCRM(クルー・リソース・マネジメント)──対人関係や役割分担を“専門技術”として訓練で身につける考え方が、安全の土台になっています。
そして消防防災ヘリの世界も、いまは制度として「原則2人操縦」へ移行しました。2017・2018年の事故を受け、消防庁は令和元年(2019年)告示第4号「消防防災ヘリコプターの運航に関する基準」を制定。航空消防活動を行う機体には操縦士2名を乗り組ませることを原則とし、2人操縦体制とCRMは令和4年(2022年)4月1日から本格施行されました。操縦士の確保・養成が困難な団体向けの経過措置(1人運航を認める扱い)も、令和7年(2025年)3月末で終了しています。
つまり「団体によって1人だったり2人だったり」は、もう過去の姿。現在は2人操縦が標準であり、それを人員面で支えるのが、次に述べる『自主養成』というわけです。
なぜいま「自主養成」が語られるのか #
そしてもう一つ、この分野で静かに進んでいるのが操縦士の自主養成です。
これまで防災ヘリの操縦士は、自衛隊出身者をはじめとする「すでに経験を積んだ人」を採用することで成り立ってきました。委託運航であれば、民間航空会社が抱えるベテランがその役割を担ってきたわけです。
ところが、ここに二つの逆風が吹いています。ひとつは操縦士の高齢化。長く現場を支えてきた世代が退いていく一方で、後継の確保に各団体が不安を抱えています。もうひとつが、相次いだ墜落事故。2017年と2018年に立て続けに起きた防災ヘリの事故は、いずれも乗員全員が犠牲になる痛ましいもので、これを契機に国(消防庁)が安全性向上の検討会を立ち上げました。
その検討会や、関連する政治レベルの提言で示された方向性が、まさに自主養成です。具体的には──
- 各運航団体が選抜要領や養成計画を定め、希望者を計画的に育てる
- 2人操縦体制を活かしたOJTで、若手操縦士を実務の中で育成する
- 自衛隊の養成施設の活用や、若年定年退職自衛官の有効活用を検討する
- 事業用操縦士資格の取得支援や、民間訓練施設の活用を促す
- 操縦士の処遇改善や、整備士の確保策もあわせて検討する
- これらに必要な財政措置を国が支える
要するに、「経験者を外から連れてくる」モデルへの依存を減らし、組織として操縦士を育てる仕組みへ──という転換です。これは単なる人手不足対策ではありません。育成の過程で安全文化やCRMを内側から根づかせ、事故の根絶につなげるという、安全戦略そのものでもあります。
まとめ──「誰が飛ばしているか」は、安全の話である #
整理すると、こうなります。
- 防災ヘリの操縦士は、必ずしも消防士ではない(委託運航では民間航空会社の社員)
- 運航形態は自主・委託・混合の三つ。地方県では委託が主流
- 操縦体制は**「原則2人操縦」へ移行済み**(令和元年告示第4号。2022年4月本格施行、経過措置は2025年3月末で終了)。2人操縦+CRMが安全の柱に
- 操縦士の高齢化と事故を背景に、自主養成という新しい育成モデルが動き出している
「あのヘリは、誰が、どんな体制で飛ばしているのか」。一見すると地味な制度の話ですが、その答えはそのまま、現場の安全と将来の担い手をどう確保するかという問いに直結しています。次にニュースで救助ヘリの映像を見たとき、機体の文字の“奥側”にあるこうした仕組みに、少し思いを馳せてもらえたらうれしいです。
本記事は、消防庁「消防防災ヘリコプターの運航に関する基準」(令和元年消防庁告示第4号)など公表されている公開情報をもとに、制度の概要をわかりやすく整理したものです。機数・団体数は集計時点(2019年)のもので、その後の機体更新や体制変更により現在の状況とは異なります。
ヒーロー画像:「AS365N3+ Kawasaki fire helicopter」(川崎市消防局の消防ヘリ) by Mr.Minazuki / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0(本記事への掲載にあたりリサイズを行いました)
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