AW139はなぜ公共安全機関に選ばれるのか——山岳での「ダウンウォッシュと高高度」のバランスを数字で確かめる

AW139はなぜ公共安全機関に選ばれるのか——山岳での「ダウンウォッシュと高高度」のバランスを数字で確かめる

Vertical Magazine が、米国の公共安全機関でレオナルドAW139の採用が広がっている、という特集を掲載していた。読んでいて、なるほどと思う一方で、カタログの数字には出てこない評判のほうを書いておきたくなった。

同誌の報道によれば、メリーランド州警察が7つの基地で10機を運用しており、これは北米の公共安全機関として最大級のフリートだという。2013年にAS365ドーファンを置き換えたものだ。ほかにも国家核安全保障局(NNSA)の空中モニタリング部隊が2機を2024年にベル412から更新し、マイアミ・デード消防、ニュージャージー州警察、ロサンゼルス市消防などの名前が挙がっている。

採用理由として同誌が挙げているのは、155ktの巡航速度(412比で大幅な高速化)、搭載量の増加、そしてパワー余裕だ。エンジン1発が停止したときの安全性と、ホバリング能力の向上——ここが効いている、と。

このあたりまでは、想像がつく話だと思う。私が書きたいのはこの先だ。

現場で聞く「139は山でいい」という評判 #

性能表以外のところで、AW139は評判がいい。特に山岳で。

中型クラスで山岳救助をやるとき、パイロットが気にすることは大きく二つある。

  1. 降下員・要救助者へのダウンウォッシュの影響(吹き下ろしが強すぎると、ホイストで降ろした隊員が振られ、地上の要救助者にも危険が及ぶ)
  2. 高高度でのホバリング性能(標高が上がれば空気は薄くなり、ホバリングに必要な出力は増える)

この二つは、普通はトレードオフになる。高高度で余裕を持ってホバリングするにはパワーが要り、パワーのある機体は重く、重ければ吹き下ろしは強くなるからだ。

AW139は、このバランスがいいと感じる、というのが私の実感であり、周囲でもよく聞く評価だ。では、それは数字で裏づけられるのか。確かめてみた。

ダウンウォッシュの強さは「円板荷重」で決まる #

吹き下ろしの強さを考えるとき、最も素直な指標が円板荷重(disc loading)だ。機体重量 ÷ ローター円板面積で、単位はkg/m²。

ローターは、空気を下に押して揚力を得ている。同じ重さを支えるのに、円板が小さければ、その分だけ空気を速く押し下げる必要がある。だから円板荷重が大きいほど、吹き下ろしの速度は速くなる(誘導速度は円板荷重の平方根に比例する)。

では、中型クラスの最大離陸重量で計算してみる。

機種ローター直径円板面積最大離陸重量円板荷重
Bell 412EPI14.02 m154.4 m²5,398 kg35.0 kg/m²
H145(BK117 D-3)10.80 m91.6 m²3,800 kg41.5 kg/m²
AW16912.12 m115.4 m²4,800 kg41.6 kg/m²
AW13913.80 m149.6 m²6,800 kg45.5 kg/m²

……予想と違う結果になった。

最大離陸重量で比べると、AW139はこのクラスで最も円板荷重が高い。つまり、カタログの数字だけで言えば、139の吹き下ろしはいちばん強いことになる。逆に最も穏やかなのはベル412だ。

「139は山でいい」という実感と、正面から食い違っている。ではその実感は錯覚なのか。そうではない、というのが私の考えだ。

円板荷重は「実際の重量」で決まる #

ここが肝心なところで、円板荷重を決めるのは最大離陸重量ではなく、その瞬間の実際の重量だ。上の表は「満載にしたら」の比較でしかない。

AW139の円板面積149.6m²で計算し直すと、こうなる。

  • 6,800kg(MTOW) → 45.5 kg/m²
  • 6,000kg → 40.1 kg/m²(AW169・H145のMTOWと同水準)
  • 5,236kg35.0 kg/m²(ベル412のMTOWと同じ)

山岳救助の現場に到達する頃には、燃料を消費し、搭乗者も限られている。5,500〜6,000kg程度で作業していれば、吹き下ろしはAW169やH145の満載時と同等か、それ以下ということになる。

そして——ここが本題だ——その重量で、高高度のホバリングができるかどうか

「軽く飛べる余裕」こそが正体 #

出力に余裕のない機体は、軽く飛ぶという選択肢を持てない。標高の高い場所でホバリングしようとすると、出力の限界が先に来る。だからペイロードを削り、燃料を削り、ぎりぎりの構成で行くしかない。余裕がないから、選ぶ自由がない。

対してAW139は、その高度・その重量で、まだ出力に余裕がある。だから「吹き下ろしが穏やかな重量」を選んだうえで、なお安定してホバリングしていられる。

つまり、現場で感じる「バランスの良さ」の正体は、円板荷重が低いことではなく、円板荷重を低く保ったまま飛べるだけのパワーがあることなのだと思う。Vertical誌が採用理由として挙げていた「パワー余裕」は、警察・消防の文脈では片発停止時の安全性として語られていたが、山岳では「軽い状態で高いところに留まれる」という別の価値を持つ。

ローター直径13.80mという大きな円板も効いている。同じ重量を支えるなら、円板が大きいほど吹き下ろしは穏やかになる。139はクラス最大級の直径を持ちながら、それを上回る重量まで積めるように作られている——上限が高いだけで、そこまで積む必要はない、と考えると腑に落ちる。

注意しておきたいこと #

念のため書いておくと、上の議論は公表諸元からの計算と、運用上の実感によるものだ。実際のホバリング性能は、気温・標高・風・機体形態・エンジン状態で大きく変わり、飛行規程のHOGEチャートで確認するしかない。「139だから大丈夫」という判断は、どの機種でも成り立たない。

またダウンウォッシュの実際の影響は、円板荷重だけでは決まらない。ホバリング高度、地面の状態、ローター後流の当たり方——ホイストの長さが変われば、降下員が受ける風速も変わる。円板荷重は「傾向を掴むための一次近似」と捉えるのが正しい。

そのうえで、「なぜこの機体は山で使いやすいと感じるのか」を数字で説明できるようにしておくことには意味があると思う。感覚を言語化できれば、機種選定の議論にも、若手への説明にも使える。

日本でのAW139 #

日本国内でもAW139は60機以上が使われている。最大の運用者は海上保安庁で、2008年以降に24機が納入され、現在18機ほどが各航空基地に配備されている。消防・警察・報道でも導入が進み、東京消防庁の「ちどり」もAW139だ。山岳輸送で知られる東邦航空も運航機種に加えている。

米国の公共安全機関で採用が続いているという今回の話は、日本の読者にとっても遠い国の機種選定の話ではない。同じ機体が、同じような任務で、すでにこの国の空を飛んでいる。

まとめ #

  • Vertical Magazineによれば、米国でAW139の公共安全機関への採用が拡大。メリーランド州警察が10機(北米最大級)、NNSAが2機でベル412を更新。採用理由は速度155kt・搭載量・パワー余裕
  • 山岳の中型機として「ダウンウォッシュと高高度ホバリングのバランスがいい」という評判がある。これを円板荷重(重量÷ローター円板面積)で検証した。
  • 最大離陸重量での比較では、AW139が最も円板荷重が高い(45.5 kg/m²)。412が最も低い(35.0)。数字だけ見ると実感と食い違う。
  • しかし円板荷重を決めるのは実際の重量。AW139は6,000kgで40.1、5,236kgで35.0——412のMTOWと同じ吹き下ろしまで落とせる。
  • 実感の正体は「円板荷重が低いこと」ではなく「円板荷重を低く保ったまま、高いところでホバリングできるパワーがあること」。出力に余裕がない機体は、軽く飛ぶという選択肢自体を持てない
  • ただし実際のホバリング性能は飛行規程のHOGEチャートで確認するしかなく、円板荷重は傾向を掴む一次近似にすぎない。
  • 日本でも60機以上が稼働。海上保安庁が18機、東京消防庁「ちどり」など。

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本記事は、Vertical Magazineの報道および各社公表諸元をもとに、現役ヘリコプターパイロットの視点から整理・考察したものです。円板荷重の計算は公表されているローター直径・最大離陸重量からの筆者による算出で、機体形態により実際の値は異なります。運用上の評価は筆者の私見を含みます。実運航では必ず当該機の飛行規程を確認してください。


出典

画像出典:Wikimedia Commons “MSP Trooper 3 AW139 N382MD” by Acroterion(CC BY-SA 4.0)。メリーランド州警察のAW139。

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