時間がないときに合議はできない——意思決定を時間軸で使い分ける

時間がないときに合議はできない——意思決定を時間軸で使い分ける

前回まで、懸念を聞き、検討し、採らないなら理由とともに返す、という話を書いてきました。これは暗黙のうちに、時間があることを前提にしています。

しかし現場には、それをやっている時間がない場面があります。今回は、意思決定を時間軸でどう使い分けるかを整理します。

モデルはどれも「時間」から始まる #

主要な意思決定モデルを並べてみます。

  • DODAR(英国系)— Diagnose / Options / Decide / Assign / Review
  • FORDEC(DLR で開発、ルフトハンザ系)— Facts / Options / Risks & benefits / Decision / Execution / Check
  • DECIDE(FAA)— Detect / Estimate / Choose / Identify / Do / Evaluate

いずれも、状況把握から始めて選択肢を並べ、決めて、実行して、確認する、という共通構造を持っています。手順としては素直です。

注目したいのは、DODAR がしばしば T-DODAR として教えられていることです。頭に付いた T は Time、つまり「使える時間はどれだけあるか」を最初に見積もれ、という項目です。もともとのモデルにはなく、後から足されました。

なぜ足されたか。順序立てた検討をやろうとすると、時間を確認しないまま検討に入ってしまうからです。そして検討の途中で時間切れになる。前回まで何度か触れたユナイテッド航空173便は、まさにその形でした。降着装置の問題を順序立てて詰めているうちに燃料がなくなった。手順が悪かったのではなく、その手順を実行する時間があるかどうかを確認していなかったのです。

だから T が先頭に来ました。使える時間の見積もりが、どの意思決定モードを選ぶかを決めます。

時間圧下で専門家が実際にやっていること #

では、時間がないときに人は何をしているのか。ここで参照したいのが、Gary Klein の一連の研究です。

Klein は1980年代半ば、消防の現場指揮官を対象に、実際の判断がどう行われているかを調査しました。当初の想定は、指揮官は複数の選択肢を比較して最良のものを選んでいるだろう、というものでした。ところが聞き取りをすると、経験豊富な指揮官ほど選択肢を比較していないと答えます。本人たちは「選んだ覚えがない、そうするものだと分かった」と語る。

数字が印象的です。平均23年の経験を持つ現場指揮官26名に、156の判断ポイントについて聞き取ったところ、2つ以上の選択肢を同時に比較・評価した形跡があったのは12%未満。逆に80%超は、状況を「見慣れた型(プロトタイプ)」として直接認識し、その型に対応する行動をそのまま特定していました(Klein, Calderwood & Clinton-Cirocco, 1986)。

Klein がここから組み立てたのが RPD(Recognition-Primed Decision、認知主導決定)モデルです。専門家は、目の前の状況を過去に経験したパターンとして認識し、そのパターンに紐づく行動を一つだけ想起する。そしてそれを頭の中で走らせてみて(メンタル・シミュレーション)、破綻しなければ実行する。破綻すれば次のパターンに移る。比較ではなく、逐次的な検証です。

このモデルの重要な含意は二つあります。

一つは、時間圧下ではこれが正常な動作であるということ。選択肢を並べて比較しないのは、手抜きでも独断でもありません。数秒で決めなければならない場面で、それ以外のやり方は物理的に不可能です。

もう一つは、RPD は経験に依存するということ。パターンの引き出しがない人には使えません。だから若手が同じ場面で同じ速度で決めることはできないし、期待すべきでもない

RPD の弱点と、その補い方 #

RPD の弱点ははっきりしています。最初に想起したパターンが間違っていた場合、自己修正が効きにくいことです。

パターン認識は、状況の一部の特徴に反応して起動します。似ているが違う状況に、慣れたパターンを当ててしまうことがある。しかも本人には「分かっている」という感覚が伴うので、疑う契機が生まれません。そして時間圧下では、クルーが異議を唱えて検討し直す余裕もない。

ここが前回までの話とつながります。時間がないから合議はできない。しかし機長の判断が誤る可能性は消えていない。ではどうするか。

意見収集を、その場から前後に移します。

三つの時間帯に分けて設計する #

現場の運用に落とすと、こうなります。

① 出動前・進出中 ― 時間がある #

ここが議論の場です。想定される状況、機体の性能限界、燃料計画、代替案。そして最も重要なのが中止基準です。

どうなったらやめるか」を、現場に着く前に言葉にして共有しておく。これは事前であれば十分に議論でき、クルー全員の意見を入れられます。

中止基準を事前に決めることには、もう一つ効果があります。現場でこれを議論すると、すでに投入した時間・燃料・労力が判断を歪めます。ここまでやったのだから、あと少し、という力が働く。事前に決めた数値であれば、その力に対抗できます。

② 現場上空 ― 時間がない #

機長が決めます。合議はしません。

ただしクルーは黙っているわけではなく、あらかじめ決めた観点の情報を上げます。「言うべきこと」を事前に定義しておくのが要点です。何でも自由に言ってよい、では時間圧下で機能しません。この状況では誰が何を監視し、どの数値がどうなったら声を出すかを、①の段階で割り当てておく。

つまり②で機長の RPD を補正する仕組みは、①で作られています。

③ 帰投後 ― 時間がある #

デブリーフィングです。判断が正しかったかを検証し、②で拾えなかった懸念をここで出す。次回の①の材料になります。

前回書いた「決定の理由を言葉にする」は、②の最中にできないことも多い。であれば③で必ずやる。ここを飛ばすと、クルーは機長が何を見て決めたのかを永遠に知らないままになります。若手にとっては、パターンの引き出しを増やす唯一の機会でもあります。

消防防災の現場で #

この三分割は、林野火災の散水進入山岳救助のホイスト作業に、そのまま当てはまります。

たとえば谷筋への進入可否。風向風速、地形、視程、他機との輻輳、それに要救助者や地上部隊の状況。これらを現場上空で議論して結論を出す時間はありません。しかし進出中であれば、想定される進入路と退出路、風の見積もり、これを超えたら進入しないという条件を、機長・整備士・救助隊員の間で共有できます。

ホイスト作業も同様です。ホバリング限界、有効高度、退出路の確保。作業中に「これは危ないのでは」と議論を始める余地はほとんどない。だから作業前に、どうなったら中断するかを決めておく

最大の落とし穴 #

最後に、この使い分けで最も多い失敗を挙げておきます。

時間がないと思い込むことです。

現場に着き、要救助者が見え、地上から無線が入る。この状況では、実際には数分の余裕があっても、体感的には秒単位で決めなければならない気がします。そして時間圧下のモード、つまり RPD と単独決定に入ってしまう。本当は選択肢を検討でき、クルーの意見も聞けたのに、です。

T-DODAR の T が先頭にあるのは、この思い込みへの対策でもあります。決める前に、決めるための時間がどれだけあるかを、明示的に見積もる。手順として書いておかないと、人は必ずこれを飛ばします。

そして逆方向の失敗が、173便でした。時間があると思い込み、実際にはなかった。どちらも、見積もっていなかったという意味では同じ失敗です。

次回 #

今回、②を機能させる仕組みは①で作られる、と書きました。では①のブリーフィングでは、具体的に何を言えばいいのか。

次回は、有効なチームを作る機長がブリーフィングで何をしているかを調べた研究(Ginnett)を軸に、期待値の管理という観点からブリーフィングを見直します。連載の最初に挙げた「これは参考意見なのか、これで決まるのか」という話が、ここで一周して戻ってきます。

まとめ #

  • DODAR / FORDEC / DECIDE はどれも「状況把握→選択肢→決定→実行→確認」の共通構造。DODAR に T(Time)が足されて T-DODAR になったのは、時間を確認しないまま検討に入る失敗への対策。
  • 時間圧下の専門家は選択肢を比較していない。現場指揮官26名・156判断のうち、2つ以上を比較した形跡は12%未満、80%超は「型」として認識(Klein ら, 1986)。これが RPD モデル。
  • RPD は時間圧下では正常な動作。ただし経験依存なので、若手に同じ速度を期待してはいけない。
  • RPD の弱点は最初の型が間違っていたときに自己修正が効かないこと。しかも本人には「分かっている」感覚が伴う。
  • 対策は意見収集を現場の前後に移すこと。①進出中=議論と中止基準の決定 ②現場上空=機長が単独で決定、クルーは事前に定義した観点だけ報告 ③帰投後=デブリーフィング②を機能させる仕組みは①で作られる。
  • 中止基準は事前に決める。現場で議論すると、投入済みの時間・燃料・労力が判断を歪める。
  • 最大の落とし穴は時間がないと思い込むこと。逆に時間があると思い込んだのが173便。どちらも見積もっていなかった点で同じ失敗。

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本稿は CRM および自然主義的意思決定研究の一般的な整理に基づいています。


出典

  • Klein, G. A., Calderwood, R., & Clinton-Cirocco, A. (1986). “Rapid Decision Making on the Fire Ground.” Proceedings of the Human Factors Society Annual Meeting(現場指揮官26名・156判断ポイントの分析。2010年に postscript 付きで再掲) https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/154193128603000616
  • Hörmann, H.-J. “FOR-DEC: A prescriptive model for aeronautical decision making”(DLR/ドイツ航空宇宙センターで開発)
  • Klein, G. Sources of Power: How People Make Decisions(RPDモデルとメンタル・シミュレーション)
  • NTSB, Aircraft Accident Report: United Airlines, Inc., Douglas DC-8-54, N8082U, Portland, Oregon, December 28, 1978(NTSB-AAR-79-7)

画像出典:Wikimedia Commons “Valkyrie medevac mountain hoist rescue”(U.S. Army photo by Sgt. 1st Class Eric Pahon/Public domain)。イメージ画像(山岳でのホイスト救助)。

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