ブリーフィングは長さではない——期待値を管理するという仕事

ブリーフィングは長さではない——期待値を管理するという仕事

前回、時間圧下の判断を支える仕組みは、現場に着く前のブリーフィングで作られる、と書きました。では、そのブリーフィングで具体的に何を言えばいいのか。

この問いに対して、かなり直接的な答えを出した研究があります。

最初の数分で決まっていた #

Robert Ginnett は1980年代後半、航空会社の運航乗務員を対象に調査を行いました。方法は素朴です。まず査察操縦士の評価をもとに、チームづくりが優れていると評価された機長と、そうでない機長を選び出す。そのうえで、それぞれのクルーに同乗して観察する。

分かったのは、両者の差がクルーが顔を合わせてから最初の数分間、つまり最初のブリーフィングの時点で、すでにかなりの程度決まっているということでした。その後の飛行中の振る舞いよりも、初回のブリーフィングのほうが差を説明していた。

そしてもう一つ、実務家にとって意外な結果が出ています。優れた機長のブリーフィングは、長くなかった。中には非常に短いものもあった。ブリーフィングの長さは、評価の高低を説明しませんでした。

長く喋ることが丁寧さだと考えている人には、これは朗報だと思います。問題は長さではなく、何に触れたかでした。

「殻」を作り直さない #

Ginnett の分析の中心にあるのが、シェル(shell、殻)という概念です。

クルーは無から集まるわけではありません。集まる前から、運航規程があり、標準操作手順があり、職種ごとの役割分担があり、法令があり、組織の文化がある。この既存の構造を彼はシェルと呼びました。新しく編成されたクルーは、この殻の中に入っていく形で成立します。

ここで、評価の低い機長には二つの型がありました。一つは、殻を無視する型。すでにあるものは言わなくても分かるだろうと考え、事務的な事項だけ読み上げて終わる。もう一つは、殻を壊す型。「規程ではこうなっているが、うちはこうやる」と、既存の枠組みを自分流に上書きしてしまう。

評価の高い機長は、そのどちらでもありませんでした。彼らは殻を作り直さない。すでにあるものを認め、それが有効であることを言葉で確認し(legitimize)、そのうえで、その殻では決まっていない部分だけを埋めていた。

つまり優れたブリーフィングが短くて済むのは、ほとんどが既に決まっているからです。決まっていることを繰り返す必要はない。決まっていない部分は、実はそう多くありません。

決まっていない部分とは何か #

では、殻が決めていない、機長が埋めなければならない部分とは何か。Ginnett の観察から整理すると、大きく三つになります。

① 任務そのもの

その日の飛行に固有の条件。気象、機体、燃料、想定される支障。ここは通常のブリーフィングでも当然扱われます。

② 権限の境界

誰が何を決めるのか。これは規程に書いてありそうで、実は書かれていません。規程は「機長が決定する」とは書いていても、「どこまでは自分で判断してよいか」「どの段階で機長に上げるか」は具体化していない。

③ 振る舞いの規範

いつ、何を、どう言うのか。これも殻には含まれていません。

②と③は、連載でここまで扱ってきたものそのものです。

「聞く。ただし決めるのは自分」 #

Ginnett が記録した優れた機長のブリーフィングには、共通して現れる要素があります。自分の権限について、明示的に言及していることです。

言い方はさまざまですが、内容は集約できます。

  • 最終的に決めるのは自分である
  • しかし、気づいたことは必ず言ってほしい
  • 自分も間違える

三つ目が重要です。自分の判断が誤り得ることを機長が先に言葉にすると、進言のハードルが下がります。これは謙遜ではなく、前回書いた RPD の弱点への対策です。パターン認識が外れたときに外から補正してもらう必要があるなら、補正してよいという許可を先に出しておかなければならない

そして、この三点を並べたときの構造に注目してください。

意見は求める。しかし決定は合議ではない。 これを最初に、明示的に宣言している。

連載第2回で扱ったフラストレーション効果は、意見を求められた側が「これは反映されるのだろう」と期待し、その期待が裏切られることで生じるものでした。ブリーフィングでのこの宣言は、その期待を最初から正しい位置に設定する作業です。

進言が採られなかったとき、事前に何も言われていなければ「軽んじられた」と受け取られます。事前に「決めるのは自分だ」と言われていれば、「聞かれたうえで、採られなかった」と受け取られる。同じ結果が、まったく違う意味を持ちます。

期待値の管理とは、要するにこういうことです。

具体的に何を言うか #

前回の三分割でいう①の段階で、埋めておくべき項目を挙げます。

  • 決定権の所在(誰が決めるか。どこからは各自の判断でよいか)
  • 発言の期待(何を監視し、どの値がどうなったら声を出すか)
  • 中止基準(どうなったらやめるか。数値で)
  • 自分の可謬性の表明(自分も間違える、遠慮なく言ってほしい)
  • 役割の割り当て(誰が何を見るか)

このうち規程で決まっているものは、確認するだけで足ります。埋める必要があるのは、その日の任務に固有の部分だけです。だから短くて済む。

ひとつ補足すると、ブリーフィングは一度で終わりません。状況が想定から外れたら、その時点で殻の外に出ています。時間があるなら、そこで再度すり合わせる必要があります。

一周して戻る #

この連載は、「アンケートを取って決めると不満が溜まる」という組織運営の話から始まりました。

ここまで見てきたとおり、CRM が到達した答えは、意見を集めるのをやめることでも、集めた意見の多数で決めることでもありませんでした。集めることと決めることを分け、その分け方を先に宣言することでした。

コックピットでこれをやるのがブリーフィングです。そして組織でこれに当たるのが、アンケートを配る前に「これは参考意見として集めます」あるいは「この結果で決めます」と明記しておくことです。

同じ設計です。

次回 #

最終回は、ここまでの原則を隊の運営に持ち込む話を書きます。訓練計画、装備選定、シフト編成。コックピットで避けたはずの罠を、地上の会議室で踏んでいないか。

まとめ #

  • Ginnett の観察では、優れた機長とそうでない機長の差は最初のブリーフィングの数分で大きく決まっていた。そしてブリーフィングの長さは評価と無関係だった。問題は長さではなく、何に触れたか。
  • 評価の高い機長は既存の構造(シェル=殻)を作り直さない。認めて、有効だと確認し、殻が決めていない部分だけを埋める。だから短い。
  • 殻が決めていないのは、①その日の任務 ②権限の境界 ③振る舞いの規範。特に②③は規程に書かれていない。
  • 優れた機長は自分の権限を明示する。「決めるのは自分/気づいたら必ず言ってほしい/自分も間違える」。三つ目は RPD の弱点への対策で、補正してよいという事前の許可
  • これは期待値の管理。「聞かれたうえで採られなかった」と「軽んじられた」を分けるのは、事前の宣言の有無。
  • 組織でこれに当たるのが、アンケート前に「参考意見か/これで決まるか」を明記すること。コックピットのブリーフィングと同じ設計

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本稿は Ginnett の研究(Wiener, Kanki & Helmreich 編『Cockpit Resource Management』所収)および CRM 研究の一般的な整理に基づいています。


画像出典:Wikimedia Commons「Maj. Nicholas Smith, 40th Helicopter Squadron pilot, conducts a pre-flight briefing」(U.S. Air Force photo by Staff Sgt. Trevor Rhynes/Public Domain)。イメージ画像(ヘリ飛行隊の飛行前ブリーフィング)。

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