地上の会議室で同じ罠を踏まないために——隊の運営とCRM
連載の最後に、ここまでの原則を地上に持ち込みます。訓練計画、装備選定、シフト編成、報告書式の見直し。コックピットで避けるべきとされてきた失敗を、会議室で繰り返していないか、という話です。
会議室にも権威勾配がある #
第1回で、権威勾配は急峻すぎても平坦すぎても危険だと書きました。これは会議室でもそのまま起きます。
急峻な側は分かりやすい。上位者が方針を示し、誰も異議を唱えず、その場は円滑に終わる。後から現場で「あれは無理だ」という声が出るが、決定は動かない。
平坦な側は、一見健全に見えるので厄介です。全員が対等に意見を出し、議論は活発で、雰囲気もいい。しかし終わってみると、何が決まったのか誰も言えない。あるいは決まったことになっているが、誰が決めたのかが分からない。
第1回で挙げたイースタン航空401便は、全員が同じ問題を熱心に検討していて、誰も飛行機を飛ばしていなかった事故でした。会議室で起きるのは同じ構造です。全員が議論に参加していて、誰も決めていない。
地上には時間がある。だから言い訳が立たない #
第3回で、意思決定は時間軸で使い分けると書きました。時間がなければ機長が単独で決め、時間があるなら意見を集めて検討する。
地上の意思決定には、原則として時間があります。だから前者のモードを使う理由はほとんどありません。腰を据えて意見を集め、検討し、決めて、理由を返す。第3回の分類でいう①を、フルに実行できる条件が揃っています。
にもかかわらず失敗するのは、時間がなかったからではありません。設計をしていないからです。以下、典型的な失敗を並べます。
失敗① アンケートを配ってから性格を決める #
最も多いのがこれです。
「意見を聞かせてください」とアンケートを配る。集計する。そして結果を参考にしつつ、最終的には別の理由で決める。あるいは結果の一部だけを採る。
決定そのものは妥当かもしれません。問題は、回答した側が「これで決まる」と思っていた場合、第2回で扱ったフラストレーション効果が直撃するということです。意見を求められた分だけ、期待が生まれている。
対策は第4回のブリーフィングと同じです。配る前に性格を明記する。
- 「参考意見として集めます。決定は◯◯が行います」
- 「この結果の多数で決めます」
どちらでもいい。事前に書いてあることが要点です。書いておけば、採られなかった人は「聞かれたうえで採られなかった」と理解できます。書いていなければ、「軽んじられた」になります。
失敗② 平均を取る #
選択肢AとBに票を割って、51対49で決める。あるいは複数案の中間を取る。
ここで捨てられているのは、選好の強さです。多数派の51人が「どちらでもいい」で、少数派の49人が「これは業務が成り立たない」であっても、票の重みは同じです。
装備選定で起きやすい失敗がこれです。全員の要望を少しずつ入れた仕様は、誰の要望も満たしません。
対策は、選択肢を選ばせるだけで終わらせないことです。
- 選んだ理由を書かせる
- これは絶対に困る、という条件を書かせる
二つ目が効きます。賛成の強さより、拒否の強さのほうが情報量が多い。「AでもBでもいいがCだけは無理」という回答が3人から出たら、票数に関係なくCは検討から外すべきです。単純な集計では、この3人は「少数意見」として処理されて消えます。
失敗③ 決定者が消える #
「隊として決めた」「会議で決まった」。
この形にしておくと、その場は穏当に収まります。しかし後で問題が出たとき、なぜそう決めたのかを説明できる人がいません。誰も自分の判断だと思っていないからです。
そして説明する人がいなければ、不満の行き先もありません。第2回で書いたとおり、無視と区別がつかないものは無視として学習されます。
対策は単純で、決めた人を記録に残すことです。合議で意見を集めたうえで、最終決定者を明示する。第4回で見た機長のブリーフィングと同じ構造です。意見は集める、しかし決定は合議ではない、そしてそれを事前に宣言する。
失敗④ やめる条件を決めない #
第3回で、現場に着く前に中止基準を決めておく話を書きました。ここまでやったのだからあと少し、という力に対抗するためです。
同じ力が、組織の施策にも働きます。導入した訓練カリキュラム、新しく作った報告書式、始めた点検項目。これらは、始めるときには熱心に議論されるのに、やめる条件が決まっていない。だから効果がなくても続きます。そして年々積み上がる。
対策は、決定と同時にセットで決めることです。
- いつ見直すか(期限を切る)
- 何がどうなっていたら継続し、どうなっていたらやめるか
現場で議論すると投入したコストが判断を歪めるのは、飛行でも組織でも同じです。だから事前に決めます。
失敗⑤ デブリーフィングをしない #
飛行はデブリーフィングします。しかし組織の決定はデブリーフィングしません。
半年前に決めたシフト編成が、実際どうだったのか。あの装備は使われているのか。誰も検証しないまま次の議題に移っている、という状態は珍しくないと思います。
第3回で、②で拾えなかった懸念を③で出す、と書きました。組織でも同じです。決定の時点では出てこなかった問題が、運用してから見えてきます。それを回収する場がなければ、次の決定の材料にもなりません。
若手の意見をどう扱うか #
最後に、一つ独立した論点を置きます。
第3回で、時間圧下の判断は経験に依存する(RPD)と書きました。パターンの引き出しがない人には使えません。ここから、若手の意見は判断としては弱い、という結論が出ます。それは事実です。
しかし、これを「だから若手の意見は聞かなくていい」と読むと、第2回の罠に落ちます。
区別すべきなのは、判断と観測です。
- 「どうすべきだと思うか」— 経験に依存する。若手の答えは弱い。
- 「何を見たか、何がやりにくいか」— 経験に依存しない。むしろ若手のほうが正確なことがある。
慣れた人は、不便に慣れます。手順の矛盾も、使いにくい書式も、通ってしまえば見えなくなる。入って半年の隊員が「これは分かりにくい」と言うとき、それは判断ではなく観測です。そして観測としては、こちらのほうが信頼できます。
聞き方を変えるだけで、若手から取れる情報の質は変わります。「どう思う」ではなく「何を見た」を聞く。
そしてこれは、採用や訓練設計にも跳ね返ります。言っても扱われない環境で数年を過ごした隊員は、言わないことを覚えます。それを後から訓練で回復させるのは、最初から教えるよりずっと難しい。若手が言わなくなる組織は、採用で取り返せません。
まとめ #
連載を通して見てきた原則を、最後にもう一度。
- 情報の収集は開放的に。 誰でも懸念を出せる。
- 決定は単独で。 合議でも多数決でもない。
- 決定の理由は共有する。 採らなかった意見は、採らなかったと言葉にする。
- この分け方を、先に宣言する。
CRM はコックピットの技術として生まれました。しかし第4回で見たとおり、機長が最初のブリーフィングでやっていることは、既にある「殻」を認め、その殻が決めていない部分を埋める作業です。
その殻を作っているのは、地上です。規程、訓練、書式、文化。
つまり、地上でこの四原則が守られていない組織では、コックピットでいくら訓練しても足りません。若手に「気づいたら言え」と教える組織が、会議室で意見を集めて黙殺しているなら、教えているのは反対のことです。
CRM は、コックピットに乗り込む前から始まっています。
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連載「CRMは多数決ではない」全5回・完。本稿は CRM 研究の一般的な整理に基づいています。
画像出典:Wikimedia Commons「LT Knight Debriefs Mission Crew Following NATOPS Drill」(U.S. Navy photo by MC2 Juan Sua/Public Domain)。イメージ画像(任務後の乗員デブリーフィング)。
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